琢朗さん、さらば。そして感謝。

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2017年10月5日、広島カープ前年に続く優勝が決まった直後に発表された石井琢朗コーチの退団。「家族のため」とだけ伝えられたその理由には、9年間広島カープで全力をつくしてきた石井さんだからこその葛藤があった。広島はもちろんとした野球ファン、単身赴任をする人、子育てをする人たち……多くの人の心に響く、石井さんの家族のこと広島カープへの思いとは。

情報源: 妻・詩織さんが明かす「石井琢朗が広島からヤクルトに移籍した理由」(石井 詩織)

リーグ優勝ってのは、ある意味チームとしてこれまで頑張ってきたことへの最高の結果なわけで、そういう意味では「一区切り」つくわけだよな。

個人的には琢朗さんは25年ぶりのリーグ優勝を決めたところでカープを去ると思っていたんだよな。ところがそのまま打撃コーチとして連覇・日本一を目指すべくカープに残った。勝手な憶測だけど「こりゃ、監督の座を狙ってるな」なんて思ったし(笑)、カープにこれまでいなかった生え抜き以外の監督として歴史を塗り替えることを期待したんだよな。

まぁ一般的にカープと現役時代に引き留めの為にコーチ手形をもらったコーチ以外は一つのチームに長くて5年くらいだろうねぇ。その理由としては監督が変ればコーチも変わる。成績を残せなかった監督なら2年で解任される。

チームの成績がAクラスでも首位を走っていながら終盤に失速して2位や3位なんて場合ね、メイクミラクルをやられた阪神・岡田監督は責任を取って辞任した。監督が責任取らなくても、ヘッドコーチあたりが責任を取って辞めるなんてパターンもある。優秀なコーチなら他球団からの引き抜きもあるだろう。

カープの場合は監督が変ってもコーチ陣が変らんという珍しいチーム。まぁそれがいいのか悪いのかは議論が分かれるけどな、Bクラスに低迷していた時からいるコーチも結構いるよな。1軍と2軍を行ったり来たりして結構長くやってる。まぁ選手を入団から知っているコーチがいるってのは「育成球団」のカープとしては、それが自然の流れだったりするけど、長きに渡りBクラスに低迷しながらも責任問題に発展しないからある角度から見れば「ぬるま湯体質」な部分があるのは否めないよな。


だから琢朗さんだって自分から辞めると言わんかったらカープにずっといることもできただろう。ただ琢朗さんの好奇心旺盛な性格からすると同じところにずっといるってのも想像できない。そして何よりもコーチとしての手腕は誰もが認めるところ。突然の退団発表でSNSでは「引き抜き」や「密約」の文字が飛び交っていたよな。

実際にカープは優秀な人材をFAで引き抜かれている過去がある。そうやってチームの力が落ちていき暗黒時代に入っていったわけでね、例えば黒田氏のFAの時なんかはね、「阪神に移籍濃厚の広島・黒田は…」みてぇな記事が踊っていた。これだけの選手が広島のような貧乏球団なんか出るに決まってるみたいな論調を見てさ、頭に来てよく新聞を切り裂いたものよ。アタクシも若かった…(笑)

退団発表と同時にヤクルトが河田コーチとともに興味を持っているなんて記事が出たから「密約」や「引き抜き」なんて言葉が頭に浮かぶんだろうけどな、アタクシはそれはない。円満退職だと信じていたよ。それは何故か?

横浜を戦力外になってカープにやってきた。過去にも他球団をお払い箱になって、カープにやってきた選手は沢山いた。でも正直、カープに馴染んでいたかと言えば残念ながらいないよな。古いけど大下さんくらいじゃねぇのかねぇ?

その理由を色々勝手に考えてみるけど、まずいえることは「待遇面」。在京球団や資金力のある球団に比べれば、選手のロッカーから球場の設備(旧市民球場の話ね)、年俸にしても他球団に比べれば相場の1,2割は安いだろう。遠征は多いし、とにかく練習させられるし、これまでの環境とはガラッと変わる。そら、馴染もうにも不満の方が先で野球どころじゃなかったんじゃねぇかねぇ(笑)

特に練習の厳しさは12球団随一。そら育成球団だもん練習練習また練習よ。若い選手がそら朝から晩まで練習漬けなんだよ、カープは。


しかし琢朗さんはそのカープの水が性に合ったんだろうねぇ。自身も高校を卒業後、今はなくなったけどドラフト外で当時の大洋ホエールズに入団。最初は投手だけど自らの申し入れて野手に転向。そら相当練習しただろう。ポジションもサードからショートに回されて守備の練習も相当しただろう。体格的にも恵まれているとは言えんから、それなりの工夫やトーニングも人一倍してきただろう。そんな琢朗さんだから泥まみれで練習するカープの若手を見て、このチームで勝ちたいと思ってくれたんだと思うよ。そんなんでズルズル…(笑)選手・コーチで9年もカープにおってくれた。本当にありがたいよな。

優勝候補とうたわれた2015年。黒田が復帰、マエケンがエースとして脂がのってきた。新井も戻ってきた。丸、菊池と楽しみな選手が出てきた。しかし残念ながら勝負どころの貧打でAクラスにも入れんかった。この年のオフから琢朗さん、東出、迎の打撃コーチ3人体制で徹底的にバットを振らせた。工夫を凝らした練習もたくさん取り入れて選手を鍛えた。逆転のカープの礎を作ったのは間違いなく琢朗さんだよな。

カープに来たときは単身赴任。寮に住んでいたのは当時の琢朗さんのブログを見てわかっていた。そのブログでも二人の娘さんの話がよく出ていて子煩悩な一面を覗かせてくれた。家族そろって広島に移住の話を聞いたときは、琢朗さんずっと広島にいてくれるんだ~なんて嬉しかったよな。

でもご長男が生まれて、娘さんも成長していくにつれて様々な問題が出てくることは容易に想像できた。退団理由を「家族の問題」と言っていたのをアタクシはとても説得力があるとピンときたよ。「家族が一緒にいられるのは今しかない」って娘さんの年齢を知っていたから十分にあり得る話だと思ったよな。だから「密約」とか「引き抜き」なんてのは全くなく本当に「円満退職」だと思うよ。そんなダークな噂が囁かれること自体、とても残念だよな。

家族のため、一身上の都合で会社を辞めたら、新天地で次の仕事を探すのは当たり前のこと。拠点を東京に移すわけだから東京で仕事を探さなきゃならん。そこにたまたま監督の交代があったヤクルトが興味を持った。ごく自然な流れだよな。ましては失礼な言い方になるけどヤクルトはそんな引き抜きや密約なんてできないでしょ?特に資金面では相当厳しい球団。引き抜きは高い銭積んで誘うわけでね、ヤクルトにはできんし、琢朗さんもそういう形でカープから移籍なんて本意であるはずがない。たまたまタイミングが合っただけよ。逆にすんなり就職が決まってよかったじゃねぇか。

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もしヤクルトで監督の交代劇がなかったら、アタクシは巨人が触手を伸ばしてくると思っていた。横浜に戻るってのもあったけど退団した経緯からすると厳しいのかなぁと。ヤクルトも一度チームをぶっ壊して立て直さなきゃならんチーム。もうすでに無茶苦茶鍛えているらしい(笑)けど、どうなるだろうねぇ?

個人的にはなかなか琢朗イズムを浸透させるのは難しいかもしれん。なんせヤクルトはカープとは真反対であまり練習しないみたいなんだよな。だから毎年毎年故障者が続出するのもわかるような気がするよな。それを猛練習で果たしてどれだけの選手がついてこれるのか?まぁ琢朗さんのことだ、頭使って工夫してなんとか選手を鍛えあげてくるだろうけどな。

カープも琢朗さんにこうして鍛えてもらった。強くしてくれた。本当にありがとうと言いたい。ひ弱なカープを連覇を成し遂げるまで成長させてくれた。カープのユニフォームを脱ぎ、来季からは反対側のベンチいることになる。複雑だけどそれがプロの世界。選手としても指導者としても一流のプロとして琢朗さんには大好きな野球に携わっていってほしいよな。

そしていつかまた、カープのユニフォームに袖を通す日が来ることを信じているよ。

大切なご家族との時間を目いっぱい過ごしてください。

琢朗さん、さらば!そしてありがとう。感謝!

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