「広島1-4中日」(27日、マツダスタジアム) 広島・赤松が引退試合に登場した。3点ビハインドの九回、鯉党の大歓声に迎えられ、中堅の守備に就いた。
情報源: 赤松が涙の引退試合「僕は幸せ者です」号泣の菊池涼から花束
「新井、いらんから赤松返せ」
アタクシは飲みながら野球中継を見る友人が何人もいる。その比率はなぜか阪神ファンが多い。まぁ行きつけの飲み屋さんのマスターが阪神ファンなんで、自然とそうなってしまったんだけどな。
新井選手が金本選手を追って阪神入り。その人的補償で赤松はカープのユニフォームに袖を通すことになった。
阪神ファンの間での赤松の期待度というのは非常に高かった。当時阪神のリードオフマン赤星選手の後継者として注目されていた。
その足の速さ、守備範囲、肩といった身体能力はファームにいたころから評判だった。
野球選手の体形ってあるのよ。下半身がどっしりしていてね、ケツがデカい。でも赤松は細身でいかにもパワーがなく、長打は期待できないようなスリムな体形。恐らく相当鍛えていたらしい。どちらかというと陸上やサッカー選手の体形だよな。
赤松の先輩にあたる赤星さんもどちらかと言えば足と守備から入った選手。打撃向上を目指して頑張れば、赤星さんの後継者と期待が高まるのも当然だろう。そんな中で、人的補償でカープに移籍。新井さんがゲッツー打つたびに阪神ファンから冒頭の言葉を何度も言われたよ(笑)。
友人の阪神ファンがこんなこと言っていた。これはあくまでもとある阪神ファンのつぶやきみたいなもんで、決して赤松を誹謗中傷したり、バカにして言っていることではないことをはじめに言っておこう。
「赤松は守備と足は世界一。でも、アホやねん」
世界一は大げさかもしれんけどでも、それほどに素晴らしい守備と足を持つ。「アホ」というのは関西の人たちが言えばそれは愛着、愛情がこめられている「アホ」。
代走で出てきてけん制アウト。サインの見逃しもかなり多かったらしい。パワーがないのに大振りする。そして練習をあまりしない。当時の阪神ファンの赤松の印象。この辺をちゃんとできればもっといい選手になる。そんな期待を込めての「アホ」だった。
そんな話を聞いていたので、赤松がカープに来ることになって一番心配なのはカープの練習についていけるか?そんな余計な心配をしたもんだよ(笑)
万年Bクラスに喘いでいたカープに赤松が加わった。もともと選手層が阪神に比べれば相当薄いカープ。当然1軍での出場機会は増えた.
とにかくセンターの守備は素晴らしかった。打球に対しての反応、落下点まで最短距離でボールに追いつく守備はマネできない。動物的勘があった。
当時のカープは投手力も弱く、よく神宮や東京ドームの外野スタンドに応援に行っていたころはよく打たれた。
右中間、左中間に長打性の当たりを打たれると、アタクシは背番号38に目をやった。そして「赤松、赤松、アカマツ~ぅ」と何度も絶叫した。そして赤松のグラブにボールが収まると泣きそうになるときが何度もあった。それほど赤松の守備というのは素晴らしい。何度も投手を助けた。恐らく生観戦で選手の名前を一番叫んだ選手と言えば、間違いなく赤松だと思う。なんせ一度のプレーで「赤松」何度も連呼するんだからな(笑)
走塁に関しても素晴らしかった。赤松、天谷と言えば終盤のチャンスで代走で出てくれば「何かが起こりそう」なムードになる。こういうムードを持った選手が今のカープにはいなくなった。ここぞの場面で盗塁を決められる、スタートを切れる選手がいなくなった。寂しいよな。
個人的には赤松の三盗が好きだった。颯爽とサードベースに向けてのスライディグする姿はカッコよかったし、その後スクッとベース上に立ち上がる姿もカッコいい。「プロ」という誇りがにじみ出たスライディング。あれが好きだった。
盗塁ってのは足だけじゃなく、やはり投手の癖を盗む洞察力も絶対に必要。カープも足が速い選手が多いけど、その割には盗塁というプレーでの攻撃が少ない。これはやはり盗塁の技術が未熟ということだろう。
走るけど失敗が多いのは、ベンチのサインというのもあるだろうけど、やはりスタートを切るタイミングや投手の癖ってのは頭に入れておかなきゃいかんだろうねぇ。赤松にはそれができた。聞いてるか?野間。
スピーチでも言っていたけど25年ぶりのリーグ優勝が決まった直後にがんが見つかった。アタクシもその一報を聞いて愕然とした。
早期発見だったので、手術をすれば大丈夫。そんな報道を見てホッと胸をなでおろした。すぐ復帰してくるだろうと簡単に考えていた。
しかし、抗がん剤の治療で体力の回復がなかなかうまく進まなかった。
今年の6月にアタクシは父を亡くした。がんだった。当然抗がん剤治療も行ったけど、そのすさまじさは想像を絶する。運動なんて絶対にできない。そら、体力はどんどん落ちるよな。そこで人生で初めてがん治療の大変さを目の当たりにし、赤松も苦しかったろうとこれまでがん治療を簡単に考えていた自分を恥じた。
1軍に完全復帰とはならなかったけど、今季の初めに今季ダメならという決意もあったろうし、それに向けて力の限り赤松は頑張ったのだろう。
最後のセレモニーも多少の涙もあったがやり切った感のある笑顔が印象的だったし、これでよかったと思わせてくれた。
赤松選手。本当にお疲れさまでした。そしてお礼をいいたい。
引退後は体と相談して、この経験を後輩たちの指導に生かしてほしいよな。
カープでコーチやるならぜひ、「外野守備・盗塁コーチ」でお願いしたいよな(笑)。
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